週刊誌などに女性トラブルが報じられたタレントの中居正広さんについて、フジテレビは1月8日、中居さんが司会をつとめるバラエティ番組「だれかtoなかい」の休止を発表した。
女性とトラブルがあったこと自体は認めた中居さんをめぐって、各テレビ局の動きに非常にモヤモヤさせられる。これだけ週刊誌で報道されているのに、当事者であるフジテレビ以外の各局も、報道・ワイドショー系番組はほぼ沈黙を保っているのだ。
フジテレビは昨年末からほぼ全面的に自局の関与を否定しているのに「だれかtoなかい」は休止になった。各局は横並びで申し合わせたように中居さんを画面に出さない方向に進んでいる。
外部の人間には、問題があったのか、なかったのかすらわからない。しかし、活動休止の動きは足早に展開していく。今の状況はテレビ不信をさらに高めることになると私は思う。
多くの「モヤモヤポイント」がある。これを整理して、本来は各局はどうすべきだったのか考えてみたい。(テレビプロデューサー・鎮目博道)
●テレビ局内の「忖度」は間違いなく働いた
〈番組MCの中居氏に関する報道を受け、状況を総合的に検討した結果、1月12日の放送から当面の間休止とする判断に至りました。放送を楽しみにされていた視聴者の皆様には、大変申し訳ございません。〉
これがフジテレビから出された休止の発表だ。
第一のモヤモヤポイントは、各局の報道系番組の沈黙だ。これにはいくつかの理由が考えられる。
中居さんと女性との間で示談という形で「解決」を迎えているが、詳細が明らかにならない状況ではニュースとして取り上げにくい。
そして局内の忖度は間違いなく働いただろう。
中居さんを起用する各局の上層部とバラエティ制作部署は、世論の空気を読みつつ対応に追われるわけで、そこに忖度して報道系番組で取り扱うのは避けたのは間違いなかろう。中居さんへの批判的な世論を盛り上げれば、自局にも火の粉が降りかねない。
●局の人間が大物と女性の飲み会をセッティング→今でも「あるある」
そして、もう一つは「テレビ業界の体質に対する批判」がさらに盛り上がり、自局に関係する別の問題まで発覚することを恐れた可能性は指摘しておきたい。
フジテレビは否定したが、週刊誌の報道通りであれば「フジの社員が中居さんに女性を上納するような構図」があったという疑惑になっている。
「まだそんなことをしているのか?」と世間から怒りの声が上がる構図である。今回の中居さんの件について私は知る由もないが、ぶっちゃけると、テレビ業界全般では「まだそんなことをしている」のである。
業界に長くいる人間からすると、局の人間が女性と大物出演者との飲み会をセッティングしたり、「二人きりになるよう画策したり」というようなことは、まったく不思議ではないし、その類の話はちょいちょい耳にするものである。
よくありがちな話だからこそ、テレビ局が大々的に取り上げて世論を盛り上げれば、週刊誌によって「自局に関する類似案件」を続報スクープされてしまう可能性がないとは言いきれない。
ワイドショーのプロデューサーであれば「他局が取り上げるまで黙っておいたほうがいい」と考えるはずだ。
言ってみれば「ジャニー喜多川氏による性加害」に各局が沈黙していたときと、ほぼ同じような構図や展開が今回も繰り広げられていると言っても過言ではないだろう。
●フジ以外も一斉に中居さんを出さなくなった理由
第二のモヤモヤポイントは、なぜ各局一斉に「中居さんを出さない」という方向で一致したのかだ。
この理由はほぼ間違いなく「9000万円もの示談金の重さ」と言ってよいだろう。中居さんが何をしたのかはわからない。しかし、報道で示された9000万円もの金銭が女性に支払われたという事実だけは否定されていない。
事実の詳細はわからないが、とにかく「9000万円で何かを解決しようとした」「女性に黙ってもらおうとした」という報道があり、中居さんが否定していないことだけはハッキリした。
中居さんのタレントとしての印象は「かなり黒に近いグレー」で固定されてしまった。「中居さんの出演番組にお金を出したい」というスポンサーも、「中居さんを応援したい」と言ってくれる女性ファンもほぼいない状況になったと思われる。
そのような状況を踏まえて、各局はテレビに出さないという方針にしたのだと考えられる。ダウンタウンの松本人志さんの性加害疑惑を週刊文春が報じた当初の状況に重なる。
●どんな調査がなされたのか?
第三の、そして最大のモヤモヤポイントは、フジテレビの対応はこれでいいのか、ということだ。
もちろんフジの主張するように「一切社員の関与はない」というのが事実であるとしても、方法論とタイミングに疑問は残る。
「一切社員の関与がない」わりには各種の報道が次々とされているし、それぞれの報道に対する具体的な反論はない。
中居さんと女性との間の和解で守秘義務契約が結ばれているとすれば、フジはその横からいろいろと弁解できない状況にあるのかもしれないので、難しい立場にはあるのだろう。
しかし、具体的な説明のない「全否定」と、その後も止まない続報……。どこかで見たことがあるような気がする。そう、松本人志さんの問題における吉本興業の対応と印象がかぶってしまうのだ。
あのときも吉本興業は当初「当該事実は一切なく」と事実無根を強調したが、それからしばらくして「真摯に対応すべき問題と捉え」と態度をひるがえした。
もし、週刊誌報道の通りに「女性がフジの上司に被害を訴えていた」というようなことが仮にあったとしたら、これは企業が「深刻な人権侵害に対する対応を間違えた」という事態かもしれない。局が報道前に自ら番組休止を決めるのと、報道を受けてやむなく休止するのでは大きな違いがあろう。
だから、まずは「公正な第三者機関による調査を行う」旨を発表し、その調査を待ってから、全否定するなら全否定すればよかったのではないか。
あるいは、すでに公正な調査をしているのであれば、その旨を発表すればよかった。そのほうが企業の危機管理として正しかったのではないかという気がしてならない。
そして、もし全否定するのであれば、「だれかtoなかい」の放送休止の説明を「総合的な判断で」の一言で終わらせてはならないだろう。やはり理由を詳細に発表する責任があるのではないか。
これだけの「モヤモヤ」を残すような対応では済まないところまで問題は大きくなっている。なぜなら世間がフジテレビに向けている疑問の目は、「その制作姿勢の根本と、人権意識の根幹に対する重大な疑い」にほかならないからだ。
いや、フジテレビだけではない。テレビ局全体に疑問の目が向けられている。
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