発掘現場で見つかった北条氏政邸のものと見られる礎石(手前)=小田原市城内
(神奈川新聞)
小田原市が進めている小田原城址公園(同市城内)の発掘調査で、戦国大名の北条氏政(1538〜90年)が暮らしていたとみられる館跡が発見されたことが23日までに分かった。戦国大名の館跡は朝倉氏(福井県)のものなどが見つかっているが、関東一円を治めた小田原北条氏のような大大名クラスの館跡の発見は全国的に珍しいという。これまで分かっていなかった戦国大名の政務の実態や暮らしぶりの解明が期待されている。
館跡の発見は、同日に開かれた市の「史跡小田原城跡御用米曲輪戦国期整備検討部会」で報告された。検討部会ではこれまでの調査で見つかった遺構の整備案が話し合われた。
氏政は小田原北条氏の4代当主。甲斐武田氏や越後上杉氏と対抗しながら領土を広げたが、豊臣秀吉との小田原合戦で降伏、切腹した。
館跡が見つかったのは小田原城本丸北側の御用米曲輪の地下1・7メートル。建物の柱の土台となった礎石が複数出土した。
礎石は重量のある建物を支えるために必要で、小田原城周辺ではほとんど見つかっていない。そのため、城内でも最大規模の建物があったと考えられる。遺構周辺ではこれまで複数の建物跡、石が敷き詰められた水路跡、モザイク状にカットされた石が使われた個性的な庭園跡も見つかっており、いずれも建物に付属する施設とみられる。