12月23日夕方、大阪高裁前で、性犯罪の無罪判決に抗議する緊急のフラワーデモがおこなわれ、SNSなどで告知を見て集まった約300人(主催者発表)が、花やプラカードを掲げた。大阪地検の元検事正を告発した女性検事や、芥川賞作家も駆けつけて、スピーチをおこなった。(四条まる)
●滋賀医大生の逆転無罪判決に抗議するデモ
大阪高裁では12月18日、女性への強制性交罪に問われた滋賀医大生2人に対して逆転の無罪判決が言い渡されており、これに抗議する集会となった。
この事件では、滋賀医大生ら3人が逮捕・起訴された。主犯格とされた1人は一審から罪を認めて、懲役5年6カ月の実刑となり、控訴は棄却されている。残る2人は一審から無罪を主張したが、一審の大津地裁ではそれぞれに懲役5年、懲役2年6カ月が言い渡されていた。
大阪高裁は、医大生側の「同意があった」「動画を消してほしいと考えた女性が話を誇張した」といった主張に沿って、最初の性的行為までの記憶がないなどとする女性の証言を不合理な点があると判断した。
この判決が報道されると、SNS上で動揺や非難の声が広がり、裁判長に抗議するハッシュタグや、署名も拡散された。緊急のフラワーデモは12月22日夜に告知された。
フラワーデモの様子
●他の被害者の被害申告にも悪影響がある可能性
フラワーデモの発起人で作家の北原みのりさんは、フラワーデモのきっかけとなった2019年3月の4件の性犯罪・無罪判決や、2023年の不同意性交等罪創設に触れて「どのぐらい社会は変わったのだろう」と疑問を投げかけた。
大阪府内の公立校の教員を長年勤め、現在、立命館大学非常勤講師の平井美津子さんは「今回の判決、誰を守り誰を助けたのでしょう。誰も守ってません。誰も助けてません」と、判決は医大生を救うことにもならないとうったえた。
また、「今、性暴力を受けている人、受けてきた人たち。どうしよう、言うべきだろうか、どうしたら助かるだろうかと思っている人たちは、この判決で『言ったほうが損をする』と思ってしまうのではないでしょうか」と述べ、判決によって他の被害者の被害申告にも悪影響があるおそれに言及した。
大阪高裁では、医大生が言った「苦しいのがいいんちゃう?」「調教されてないな、お前。ちょっとされないとダメやな」などの言葉を「卑猥な言葉の範疇で脅迫には当たらない」とされた。また、女性が「やめてください」「いや」「絶対ダメ」と言っていたにもかかわらず、拒否をしたと言い切れないと判断された。
この点について、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)を広める「なんでないのプロジェクト」代表の福田和子さんは「こんなことが通ってしまうのなら、ビデオを撮って嫌なプレイに見えるような言葉を発していれば、なんでもOKになってしまうのではないでしょうか」と声を震わせた。
「『やばいよね、帰ろう』と言って(女性が友人の女性と)組んだ腕が引き離されたときの二人の、『友人だけでも帰してあげてほしい』と言って、被害者だけが残されたときの恐怖は、どれだけのものだったでしょうか。
こんなにも私たちが声を上げるのは、それだけ多くの人が、性暴力を受ける恐怖、もしくはその記憶と共に生きているからだと思います。この判決の残酷さをまったく他人事と思えない世界線に私たちは生きているから、こうやって声を上げているんです」(福田さん)
●女性検事「あなたは一人じゃない、私たちが共にいる」
フラワーデモの様子
ひときわ大きな拍手が起こったのは、大阪地検・元検事正による性的暴行を刑事告訴した女性検事のスピーチだった。
「(コメントを)代読していただく予定だったんですけれど、みなさんのスピーチをお聞きして、私自身の声で発信したいと思いましたので、私自身でお話をさせていただけたらと思います」とマイクを持った。
「まずは今回の不当な判決により、今、絶望の中にいる被害者や、そのご家族の方に、あなたは一人じゃない、私たちが共にいる、私たちが共に戦うと言うことを、お伝えしたいと思います。
司法関係者に求められているのは、性犯罪の法律や裁判例の正しい理解と、性犯罪被害者の心理、および、心的外傷、被害者と相手方の関係性などを適切に踏まえて判断する常識的な事実認定能力です。
かつて、それらを欠く一部の司法関係者による不当な無罪判決などにより、勇気を振り絞って被害申告した被害者を、絶望に追い込み、自己の尊厳と正義を取り戻そうとする未来を踏みにじってきました。
そして被害者や支援者が、血の涙を流しながら、必死に運動して築き上げた、性犯罪被害者を正しく守るための法律が令和5年7月施行の法改正であり、処罰範囲は法改正前後で同じです。
また暴行や脅迫も、その程度は問われていません。総合的な判断で、性犯罪が成立するかを検討すれば足りるわけです」(女性検事)
2023年7月に性犯罪刑法の法改正があり、不同意性交等罪が創設されたが、これは「処罰範囲の拡大」ではなく「処罰範囲の明確化」であると法務省サイトでも説明されている。
「事件当時は不同意性交等罪ではなく強制性交等罪だったから仕方ない」といった説明が法曹関係者からもされることがあるが、法改正前後で処罰範囲の拡大があったわけではなく、明確化された基準で改正前の事件を判断することができるという意味の内容を女性検事は話している。
●女性検事「被害者心理を踏まえた常識的な事実認定を」
女性検事のスピーチは続く。
「法改正時、衆参両議院の法務委員会は、付帯決議において、政府や最高裁判所に対し、不同意性交等罪における同意の位置付け、および意義など構成要件について、国民に対する普及啓発を推し進め、十分に周知徹底をつとめること、性犯罪の捜査、司法手続にあたっては、被害者の心理やトラウマ、相手方の関係性をより一層適切に踏まえてなされる必要に鑑み、これらに関連する、心理的、精神医学的知見等について、調査研究を推進するとともに、研修をおこなうことにつき格段の配慮を求めています。
しかし、法改正後の現在においても、法律を熟知する大阪地検の元検事正が、個人的に関係のない酔い潰れた私に対し、性交等した事件において、被害者は抗拒不能ではなかった、抗拒不能だとは思わなかった、被害者が性交に同意していると思っていた、などと姑息な弁解をして否認に転じ、また連日にわたり、不当な無罪判決が連発していることは、今なお、一部の司法関係者が、性犯罪の法律等を正しく理解せず、性犯罪被害者の心理等を適切に踏まえて、常識的な事実認定をしないという恐ろしい現実を意味します。
このままでは、性犯罪被害者を正しく守るための法律を形骸化し、性犯罪を撲滅しようという社会的な機運を逆行させ、理不尽な性被害により、苦しめられ傷つけられる被害者がもはや声を上げることができなくなり、犯罪を助長させることになります
誤った判断は必ず正すべきです。そして、政府や最高裁判所は事態を真摯に受け止め、立法府の求めに応じ、すぐにでも周知徹底すべきです。これ以上、司法関係者の怠慢により、性犯罪被害者やその家族を苦しめないでほしい」(女性検事)
●津村記久子さん「まちがった継承がないように正しく指摘し、声を上げましょう」
関西在住の芥川賞作家、津村記久子さんもスピーチをおこなった。
「これらの事件のいきさつは、まともに生きている市民たちに健全に生きる意欲をなくさせ、規律を守る意識を低下させるものだと思います。直接関係のない人々にも、どこかで人生にはちゃんと生きる価値はないと諦めさせる、凄惨な圧力であるとも思います。
こういったことがまかり通ったら、性加害の願望を持つ人間は、レイプを始めとする性暴力は金と権威で解決できるものだと思い、被害を受けた人たちはそういう連中に忖度しなければ生き延びられないと思い込まされます。
そんな腐敗した、希望の持てない社会に自分は生きたいと思いませんし、未来ある人たちが負うべきものだとも思いません。これは今、終わらせましょう。まちがった継承がないように正しく指摘し、声を上げましょう」(津村さん)
大阪では、今回の無罪判決や大阪地検・元検事正の事件のほかにも、女性から民事訴訟で性加害を訴えられた岸和田市長や、性暴力被害者のためのワンストップ支援センター大阪SACHICO存続のための請願が大阪府議会で否決されるといった問題があり、今回のデモではそれぞれの現場で抗議などの活動を続けている人たちの姿もあった。
来年、「ぜんぶのいのちと、ワクワクする未来へ。」をテーマとした万博が開かれる予定の大阪。「ぜんぶのいのち」が輝く未来はあるのだろうか。
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