12月22日、フィギュアスケートの全日本選手権女子シングル。樋口新葉(23歳/ノエビア)は、逆転で銅メダルを勝ち獲っている。銅メダルはジュニアだった2014−2015シーズンの全日本デビューで飾って以来だった。
全日本選手権で総合3位に入った樋口新葉
全日本は4度の銀メダル獲得の実績を持つ歴戦の強者だが、2022−2023シーズンに右すねの疲労骨折で休養、昨シーズンからの復帰は苦しんだだけに、10年前とは違った感慨があるはずだ。
「滑り終わったあとは、全部出しきったって感じで立ち上がれませんでした。目標はもともと高く設定していたんですけど、思っていたよりも冷静に、いい結果を出せたなって」
樋口はそう振り返っているが、実に戦略的なアプローチだった。
「GPファイナルのショートプログラムから、後半にコンビネーションをつけるっていう”練習”の意味も含めてファイナルを終えられて。今シーズンは、全日本に向けてっていうのをずっと考えてきました。(銅メダルは)全日本が一番大事な試合と思いながら、突き進めてこられた結果かなって思います」
今シーズンを通じ、彼女は全日本を照準に戦い、真価を発揮した。2022年北京五輪で団体の銀メダルにも貢献したベテランらしい”戦巧者”と言ったところか。際立ったピーキングの中身とは?
【ぎゅっと詰まった練習が自信に】
ショートプログラム(SP)は、坂本花織、島田麻央、千葉百音の3人が脚光を浴びている。
もっとも、樋口は71.05点と4位で、3人の背中にピタリとついていた。ジャンプは、クオーターやアテンションの判定はついたが、3本とも成功。スピンもステップもレベル4だった。トップ3選手がミスした場合、いつでも逆転できるスコアだったのだ。
「フリーに関しては、落ち着いてやれば大丈夫という自信を持っていました」
樋口はそう語っていたが、勝ち筋はあった。SPが終わった時点で虎視眈々、相応の練習も積み重ねてきたのだ。
「今の自分は、とにかく疲れを残さず、次の試合に向かうのが大事なんです。昔だったら全部の試合に出て、ガンガンできたかもしれないですけど。(ケガをした)足の状態もあるので、すごく集中して練習を短く終わらせるようにしました。ぎゅっと詰まった練習が自信にもつながって、本番でも滑れているのかなって思います」
自慢の爆発力を抑えめにする縛りにより、スケーティングを静ひつなまでに安定させた。結局、その落ち着きがフリーでの逆転、表彰台に結びつくことになった。
【限界を超えて渾身の演技を披露】
そのフリー、樋口は紫のグラデーションの衣装でリンクに入っている。
冒頭のダブルアクセルから、よどみなく静かに降りる。3回転ルッツ+3回転トーループの大技も成功。3回転ループからスピンの流れも美しかった。サルコウがダブルになったが、コレオではスパイラルで魅了。
得点が1.1倍になる後半のジャンプも、3回転ルッツ+ダブルアクセル+2回転トーループと華麗に決め、3回転ループ+2回転トーループと流れが途切れなかった。最後のフリップは少し乱れたが、スピン、ステップは力強くレベル4獲得だ。
「サルコウはファイナルでもミスしていて、気をつけながら練習もやっていたんですが、本番でもタイミングずれてしまって……でもファイナルの時から余裕を持って滑るということをやってきた。いつも全日本はすごく緊張するんですが、今年は”やってきたことをやるだけ”って落ち着いていました」
演技後は冒頭に記したように倒れ込み、起き上がれないほどだった。足に巻いたテーピングは痛々しく、6分間練習前から「あと10分で終わる」と自分に暗示をかけていたという。「息ができないくらい、張り詰めた空気のなかにいました」と語ったように、限界以上まで力を振り絞った結果だ。
135.35点でフリーは3位。総合206.40点で1点差に満たない点数で千葉を逆転し、表彰台の座をつかんでいる。
【世界大会へ向けてもう一段階上げる】
「優勝は狙っていましたけど、いろいろ考えて無理かもしれないって」
戦いを知り尽くした樋口は、夢見る少女ではない。
「正直を言えば、(表彰台は)想像できていませんでした。去年のような結果(12位)で、このままずるずると終わっちゃうのかなとも思っていたので。(2021年に)自分が最後に表彰台に乗ってから、レベルが上がりました。そのなかで休養を挟んで、こういう姿を見せられたのはうれしくて。ショート、フリーでもっとできる印象で大会を締め括れたのがよかったですね」
2025年2月には四大陸選手権、3月には世界選手権の出場が決まっている。
「昨季は復帰のシーズンだったし、力を出しきるのはちょっと難しかったですが、今季は気持ちを切り替えて競技に取り組めました。練習でも試合でも、自分をしっかり持って滑れているなって実感しています。すごく成長できた1年だったなって。ここから、もう一段階上げられるような、結果を残したいですね!」
樋口は、静かに勝利の算段を整える。