【兵庫県知事選挙をめぐる公選法違反問題を、「法律の基本」から考える】3部作の(2)は、「選挙運動の対価にかかる買収罪の成否に関する問題」である。選挙においてSNS活用が不可欠となった時代において、この問題を「法律の基本」に遡って考えてみたい。
公職選挙法は、選挙に関する発言や表現の内容自体に対しては基本的に寛大であるのと対照的に、選挙に関する金銭、利益のやり取りに対しては、投票買収、運動買収を問わず、厳しい態度で臨んでいる。
それに関して、「選挙運動ボランティアの原則」の下で、特定の選挙における特定の候補者の選挙に関する行為で、対価の支払が許されるのはどういう行為なのかを理解する必要がある。
「選挙運動のボランティアの原則」と運動買収
個人の選挙への関わりという面で言えば、まず基本的には、選挙区内の有権者であれば、①「投票人」
の立場がある。誰に投票したかについて、「投票の秘密」が守られ、公務員が投票の秘密を害する行為は公選法違反の犯罪となる。どの候補者を支持しているかについても明らかにする義務はない。
次に、
②「選挙運動者」
という立場がある。選挙運動というのは「特定の候補者を当選させるための一切の行為」であり、選挙運動に直接関わることによって、外部に支持を表明することになる場合もある。特定の候補を支持する活動を行うことも、国民の重要な権利である。それが国民にとっての「権利行使」である以上、無償でなければならない。そこで、選挙運動はボランティアが原則ということになる。
そして、
③「選挙事務員」「機械的労務者」
などのように、「決定権、裁量権を持たず、候補者側の指示に基づいて機械的労務・事務を行うという選挙に関わる立場がある。
この3つのうち、候補者側が選挙に関わる者に対して報酬を支払うことができるのは、基本的に③の「機械的労務者・事務員」に限られる。②の選挙運動者には、例外的に選挙管理委員会へ届け出た上で報酬支払が行えるのが、ウグイス嬢、手話通訳者以外には報酬を支払ってはならない。
公職選挙に立候補し、公職に就くことをめざす候補者の立場から見れば、当選を得るための活動、すなわち「選挙運動」は、基本的に候補者自身が行うものであり、それを、その候補者を当選させたいと思う支持者・支援者のボランティアによる活動で支えてもらう、というのが公職選挙法の原則である。候補者が、①の投票行動に対して報酬を支払う行為は「投票買収」として、②の選挙運動に対して報酬を支払う行為は「運動買収」として公職選挙法違反となり、処罰されるのである。
「選挙運動を行う者」に合法的に報酬を支払うことができるのは「ウグイス嬢」「手話通訳者」のみである。それ以外で報酬を支払うことができる「機械的労務者」「選挙事務員」は、特定候補を当選させることを目的として主体的・裁量的に行う「選挙運動者」ではないので、報酬を支払っても買収とはならないのである。
すなわち、選挙に関する金銭等の授受についての公選法のルールは、極めて単純で、かつ厳格である。「ウグイス嬢」等の例外を除いて「選挙運動」を行う者に報酬を支払えば、すべて買収罪が成立するのである。
この点に関して、多くの人が誤解しているのが、選挙の告示との関係である。特定の選挙で特定の候補者の当選を目的として行う行為は、告示の前後を問わず「選挙運動」であり、告示の前に行えば、「事前運動」として違法となる。ただ、「事前運動」だけであれば、軽微な違反なので処罰されることは殆どない。しかし、その「事前運動」について対価の支払が行われれば、「選挙運動の対価」について買収罪が成立し、事前運動の違反と併せて処罰されることになる。
また、選挙運動費用収支報告書の区分上「選挙運動」ではなく、例えば「選挙準備」の区分とされているからと言って、「選挙運動の対価」であることが否定されるわけではない。支出区分は、報告書の記載における形式上の区別である。選挙準備行為とされていても、「機械的労務・選挙事務」に該当しない「特定の候補者の当選を目的とする主体的・裁量的行為」に対する対価支払は買収となる。
告示前の行為は、「政治活動」との主張ができるので、その対価を支払っても、政治資金収支報告書に記載すれば、公選法上も合法、というような認識もあったが、「政治活動」であっても、「特定の選挙で特定の候補者の当選を目的とする行為」であれば「選挙運動」に該当するというのが判例である。かつては、捜査機関側が「当選を得させる目的」の立証上の問題を考慮して「政治活動」の弁解が予想される事案の摘発に消極的だったに過ぎない。
近年、河井克行氏からの受供与者の事件の判決、柿沢未途氏に対する判決等では、行為者が、政治活動であることを理由に、選挙運動であることを否定する弁解がなされた場合でも、ことごとく有罪となっている。河井事件の受供与者の判決は既に最高裁で確定しているので、現在では、「特定の候補者を当選させる目的」が否定されない限り、「政治活動の言い訳」は、通る余地はない。
以上述べたことを前提に、斎藤知事らを被告発人とする告発にかかる公選法違反(買収罪)の問題について考えてみたい。
斎藤氏側から折田氏への供与と買収罪の成否
12月2日に提出した告発状で、斎藤氏らについて公選法違反(買収罪)の嫌疑の根拠としたのは、
- (1)11 月 20 日に、株式会社merchu(以下、「merchu」) の代表取締役折田楓氏が、インターネットのブログサイト note に行った投稿(以下、「note 記事」)の内容によれば、折田氏はmerchuの社長として、同社の社員ともに、斎藤氏の知事選挙においてSNS広報戦略を全面的に任せられてその運用を行ったものと認められること
- (2)折田氏のnote 記事の信用性が、投稿前後に斎藤氏の選対の主要メンバーであった森けんと氏、高見千咲氏らのX投稿によって裏付けられていること
- (3)11 月 27 日兵庫県知事定例会見において斎藤氏に代わって行われた斎藤氏の代理人の奥見司弁護士がmerchuに対する71万5000円の支払を認めた上で行った「merchuにはポスター制作等を依頼しただけでSNS運用を任せておらず、折田氏は斎藤氏のmerchu社訪問後、個人のボランティアとして選挙に関わっていたとする説明」が不合理であり信用できないこと
の3点であった。
これらにより、奥見弁護士が支払を認めた71万5000円は、merchuへのSNS運用という選挙運動に対する対価を含むものだと結論づけたものだ。
このような告発状を提出したことを、オンライン会見を行って公表し、告発状をネットで公表したところ、告発人の私の下に兵庫県民から様々な資料、情報が提供された。それらを逐次、神戸地検、兵庫県警側に提供するなどしていたところ、12月16日に、神戸地検・兵庫県警が同時に、告発状を受理した。
告発事実が特定され、犯罪の嫌疑について相応の根拠が示されている以上、告発受理は当然であり、本来は受理自体に格別の意味はないが、最近、とりわけ政治家を被告発人とする告発については、捜査当局が慎重な姿勢であり、刑事処分の直前に受理するのが通例になっていることからすれば、今回、告発状の到達から2週間で、しかも、検察、警察双方で告発受理に至ったのは、異例の取扱いだった。
当初の告発状の内容に加え、兵庫県民からの様々な資料、情報の提供により、(1)について、折田氏が、単なる一ボランティアではなくSNS運用を主体的に行っていたことが、提供された折田氏の発言や活動内容についての情報資料から明らかになり、 (2)の森氏、高見氏のXでの投稿や他のSNSでの発言等についても多くの情報提供が行われ、それらによってnote記事の信用性が一層強く裏付けられた。それらに加えて、12月2日付けで提出された斎藤氏の選挙運動費用収支報告書中に71万5000円のmerchuに対する支払に関連する記載があり、奥見弁護士の説明を併せて考えると、支払の名目とされた「ボスター、チラシのデザイン」が選挙運動であり、それ対する対価の支払は買収と判断できることもで、地検・県警の早期告発受理の一因になったものと考えられる。
斎藤氏・代理人の説明が逆に犯罪を裏付ける結果に
斎藤氏の代理人の奥見弁護士の説明は、告発状の買収の嫌疑を否定するためのものであるのに、逆に、それによって買収の嫌疑が裏付けられる、というのは奇異に思えるかもしれない。しかし、前記の「選挙運動の対価の支払と買収」についての「法律の基本」が理解されていないとそのようなことも起こり得るのである。
そもそも、折田氏のnote記事投稿で買収疑惑が表面化した時点での斎藤氏自身の説明は、「選挙運動に対する対価の支払」を否定する説明になっていない。
斎藤氏は、当初から、
「PR会社には法律で認められているポスター制作などの費用として70万円ほどを支払った」
と説明していた(11月25日付けNHK等)。しかし、そもそも「法律で認められているポスターの制作費」として支払ったということだけでは、その支払が買収に当たらない説明にならない。
「ポスター制作」について法律が認めているのは、ポスターのデザイン・印刷という機械的労務の費用を選挙管理委員会に請求すれば、公費で賄われるということである。それ以外に、候補者自身がポスターのデザインの制作を委託して対価を支払った場合、それが買収に当たるかどうかは、そのデザイン制作という行為が、「当選を得させるための主体的・裁量的なものか否か」による。それが肯定されれば選挙運動に該当し、その対価の支払いは買収罪に該当する。それが否定され「機械的労務」だとすれば、買収罪は成立しないことになる。
斎藤氏は、「ポスターの制作代が公費で支払われる」ということを、「ポスター制作に関する支払は、主体性・裁量性を問わず、無条件に買収罪が否定される」と誤解していた可能性が高い。
そのため、そのような斎藤氏の主張を受けて行われた代理人の奥見弁護士が「ポスター、チラシ等によるデザインの対価の支払である」と説明したことで、結果的に買収罪の嫌疑が裏付けられることになったのである。
前述の「買収罪についての基本」が正しく理解されていれば、斎藤氏側が提出した選挙運動費用収支報告書と、奥見司弁護士の説明により、merchuに対する71万5000円の支払の名目とされているポスター、チラシ等のデザイン等の業務が選挙運動であることが認識できたはずであり、そのような説明で買収罪を否定するような対応が行われることはなかったはずだ。
そして、「買収罪についての基本的理解」を欠いたまま、斎藤知事の公選法違反の嫌疑を否定しようとするネット上の議論も行われている。
今後、選挙におけるSNS運用が不可欠になっている状況に対応して、公選法改正の議論を進めていく上でも「買収罪についての基本的理解」が進むことは重要だと思われる。
選挙運動費用収支報告書の記載や奥見弁護士の説明を前提に、買収罪が成立すると考えられることについて、具体的に解説しておこうと思う。
選挙運動費用収支報告書の記載内容
12月2日に斎藤氏側が提出した選挙運動費用収支報告書において、2024年11月4日に斎藤氏側からmerchuに支払われた71万5000円のうち、
- 「メインビジュアル企画制作 11万円」
- 「チラシデザイン制作16万5000円」
- 「ボスターデザイン制作5万5000円」
- 「選挙広報デザイン 5万5000円」
については、「支出の部」に、「選挙運動」の「区分」で、「さいとう元彦後援会」宛ての支払として記載されているが、
は記載されていない。
斎藤氏の代理人の奥見弁護士は、
「(merche)社長ご夫妻は、斎藤氏が PR 会社を訪れた日以降、斎藤氏の考えに賛同してくださり、斎藤氏の応援活動をしてくださっている。」
と述べ、被告発人折田が、個人のボランティアで斎藤の選挙運動を行っていたことを認めた上、PR 会社からの提案に対して斎藤氏サイドが依頼したのが、請求書記載の5項目であり、これらは「選挙運動の対価の支払ではない」旨説明している。
しかし、前述したとおり、選挙に関する金銭等の授受についての公選法のルールは、極めて単純かつ厳格であり、「ウグイス嬢」等の例外を除いて、選挙運動者に対して報酬を支払うと、すべて買収罪が成立する。成立しないのは、「選挙運動者ではない機械的労務者・事務員」に対する支払だけである。
選挙運動費用収支報告書では、「メインビジュアル企画制作」「チラシデザイン制作」、「ポスターデザイン制作」「選挙広報デザイン」の支出を「選挙運動」についての支出と認めている。そして、その支出先は、報告書上は「さいとう元彦後援会」と記載されているが、それが、同日、後援会からmerchuに支払われたことは、奥見弁護士も認めている。
以下に述べるとおり、これら各項目は、すべて「主体的・裁量的に行った選挙運動であり、「機械的労務」に該当しないことは明らかである。
メインビジュアル
メインビジュアルとは、「ファーストビュー(最初に表示される画面領域)に含まれる大きな画像」である。
選挙運動費用収支報告書では、「メインビジュアル企画制作」として11万円が支払われている。支出先は「さいとう元彦後援会」だが、実質的には、mercheからの請求を受け、斎藤側が同社に支払ったものである。
note記事の中に貼り付けられている画像は、以下である。
下部に作成されたメインビジュアルの作成の意図について、その上で説明が加えられている。この説明からも明らかなように、メインビジュアルは、有権者への訴求力を最大限に高めるための選挙運動の基本的なコンセプトを表現したものである。主体的・裁量的に行われた選挙運動であることは明らかである。
note記事では、こうしてできあがったメインビジュアルについて、「デザインガイドブック」を作成して、選挙カーや看板を制作する業者にも配布し統一を図ったと述べている。
「チラシ作成費」「ポスター作成費」
選挙運動費用収支報告書によれば、「チラシ作成費」「ポスター作成費」については、mercheへの「ポスターデザイン制作5万5000円」「チラシデザイン制作16万5000円」のほかに、公費負担で「セイコープロセス株式会社」に、チラシについて98万5500円、ポスターについて150万2550円が支払われている。
同社のHPには、「チラシのデザインについて」と題して、以下の記載がある(https://www.seikoprocess.co.jp/printing/flyer/)
《掲載したい内容がリストアップできたら、何を一番知らせたいか、の順番を決めてください。その上で、イメージしているものに近い資料や色柄、雰囲気などお伝えいただければ、弊社デザイナーが効果的なデザインに仕上げさせていただきます。》
つまり、同社で、「弊社デザイナーが効果的なデザインに仕上げる」というのであるから、斎藤氏側は、mercheが作成したメイン・ビジュアルに基づいて、ポスター・選挙ビラの「デザイン」を同社に委ねることもできた。しかも、その場合は、費用を一括して選管に請求することで、公費負担とすることも可能だった。
チラシとポスターについては、(ア)実際に、上記HPの案内のようなやり方で、セイコープロセス社にデザインも含めて発注していた可能性と、(イ)note記事に書かれているように、折田氏が「紙媒体も既存の型にははめず、斎藤さんのことを分かりやすく様々な年代の県民の皆さまに届けるためにはどうしたら良いのか、仕様やサイズの異なるそれぞれの媒体でのベストをデザインチームと日夜追求した」可能性の二つがある。
(ア)であれば、mercheが「デザイン制作を行った」とは言えない。この点、note記事は少し「盛っていた」ということになり、「ポスター」「チラシ」のデザイン料の請求は実質的に架空請求だったことになる。
一方、(イ)の場合は、セイコープロセス社に「機械的労務としてのデザイン」を含めて公費で頼むことが可能であったのに、それを行わず、印刷だけ発注し、「ポスター」「チラシ」のデザインを、敢えてmercheに依頼し、有権者に届ける効果的なデザインを追求したということになる。この場合は、mercheがこれらのデザインを「当選を得させる目的」をもって主体的・裁量的に行ったことになる。
すなわち、(ア)であれば、デザイン料の名目で、実質的に斎藤氏に当選を得させる目的で行ったSNS運用等の他の選挙運動の対価だったことになるし、(イ)であれば、デザイン料の支払いが主体的・裁量的な選挙運動の対価だったことになる。
いずれにしても選挙運動の対価であったことは否定できない。
「公約スライド作成」が選挙運動であること
斎藤氏は、10月23日に、知事選への出馬表明を行い、その際の記者会見で印刷配布する「知事選候補としての政策」のスライド化を折田氏に依頼し、公約の内容をワードファイルで提供した。
同スライドは、10月23日の記者会見で使用された後、1頁目が斎藤氏のYouTubeライブの際に背後に映る壁に掲示されているほか、全体が、斎藤氏の公式ホームページに「さいとう元彦の政策」として掲載されている。
この時点での斎藤氏は、9月19日に不信任決議案が可決されて失職した前知事であり、スライド制作を折田氏に依頼した10月上旬の時点では、無所属で立候補する意思を表明していたものの、当時、当選の可能性は低いと考えられていた。
公約スライドは、斎藤氏の公式ホームページに掲載され、斎藤氏が知事選挙で当選して再度知事の職に就いた後も、同氏の政治活動にも継続して使われていることは事実であるが、少なくとも、10月上旬の時点では、知事選に当選しなければ、同人が公約スライドを政治活動に使用する余地はほとんどなかった。だからこそ、選挙運動に使用するために、少しでも効果的な公約のスライド化は、まさに知事選において当選するために、有権者への訴求力を最大限に高める必要があり、そのために、30万円という高額の費用を支払ってでもPR会社社長というプロに依頼したものと考えられる。
このような依頼時の状況からしても、知事選挙で当選する目的をもって、政策スライドの作成を依頼したことは明らかである。
スライド制作の依頼を受けた折田氏は、note記事において、
「ワードファイルの内容を読み解き、どのような方でも見やすいデザインを意識したスライドに仕上げるため、記者会見の直前まで手直しをし、何とか間に合わせた」
と述べている。この「どのような方でも」というのが、「知事選での有権者である兵庫県民に広く」という意味であることは明らかだ。そして、そのような目的に沿うよう、公約スライド全体が構造化されており、細部に至るまで様々な工夫が加えられている。
斎藤氏の前回知事選での公約スライドが今回とほぼ同じ枚数(11枚)であるものの、グラフもイラストも写真もなく、有権者への訴求力を追求して構造化されている今回の公約スライドとは全く異なっている。
奥見弁護士は、「公約の中身ではなく、あくまでデザインの委託費」と説明しているが、折田氏自身のnote記事によれば、その「デザインの委託」というのは、斎藤氏が提供した公約内容のワードファイルを基に、公約スライドを作成することを折田氏に全面的に委ねたのであり、折田氏は、その構成、文字の大きさ、色使いなどにより、有権者への訴求力を高めるために、様々な創意工夫を行って公約スライドを完成させた。
公約スライド制作に、斎藤氏を当選させるための活動としての主体性・裁量性があったことは明白である。
同様に、「選挙公報デザイン」も、公約スライドの2~4頁を、有権者への訴求力を最大限に高めるようにデザインしたものであり、当選を得させる目的の主体的、裁量的行為であることは明らかである。
各支払の「選挙運動の報酬」該当性
上記の通り、政治資金収支報告書にあるmercheへの「チラシデザイン制作」「ポスターデザイン制作」の合計22万円は、セイコープロセス社にデザインも含めて発注したのであれば、架空請求だったことになり、実際には、他に同社が行った斎藤氏の選挙のための業務の対価だった可能性がある。そうでない場合は、デザイン制作が主体的・裁量的に行われたことになる。
また、「公約スライド制作」「メインビジュアル企画制作」「選挙広報デザイン制作」は、いずれも「機械的労務」ではなく、斎藤を当選させることを目的として主体的・裁量的に行っているものであるから、選挙運動に該当する。
したがって、11月4日に斎藤氏側がmercheに支払った71万5000円は、いずれも選挙運動の報酬であり、斎藤氏について買収罪、折田氏について被買収罪が成立することになる。
斎藤氏、代理人奥見弁護士、いずれの説明も「買収罪の否定」になっていない
奥見弁護士は、9月29日に斎藤氏がmercheの事務所を訪問して以降、折田氏は個人としてボランティアで選挙運動を行っていたこと、すなわち、同日以降、折田氏が「選挙運動者」であったことを認めている。
《選挙運動者(選挙民に対し直接に投票を勧誘する行為又は自らの判断に基づいて積極的に投票を得又は得させるために直接、間接に必要、有利なことをするような行為を行う者)や労務者(上記括弧内の行為を行うことなく、専らそれ以外の労務に従事する者)というのは一種の人的属性であるから、選挙カーの運転行為のみを行う者が労務者であるからといって、選挙運動者が選挙運動と併せて選挙カーの運転等の労務者のなし得る行為をした場合に労務者となり、報酬の支給ができるものと解することはできない。》
との判例例(東京地判平15・8・28、同旨2事案:東京高判昭47・3・27、大阪高判昭36・12・20)に照らせば、折田氏がmercheの社長として行った「ポスター・チラシのデザイン、スライド制作等」が、仮に「機械的労務」であったとしても、それについて折田氏に対価を支払えば買収罪が成立する。(支払先はmercheであるが、同社は折田氏が代表を務める小規模企業であり、同社への支払は折田氏への支払と同視できる可能性が高い。)
さらに、mercheについては、12月20日付けの読売新聞記事で
《10月5日、斎藤氏と広報担当者に対し、SNSを使った選挙中の情報発信で協力できると提案した。翌6日、広報担当者からこの支援者のスマートフォンに「SNS監修はPR会社にお願いする形になりました」などと、提案を断る趣旨のメッセージが届いた。」》
と報じられており、同記事のとおりであれば、斎藤氏側は、他の支援者から情報発信への協力を申出られても不要として断る程度に、mercheにSNS運用を全面的に委ねていたことになる。
結局のところ、斎藤氏の代理人として奥見弁護士が行った説明自体が、買収罪を否定する弁解として成り立たないのである。